アミューズメントパークと牛鮭定食と牛丼並盛

Takenori自身がこの記事を読み終わるまでにかかった時間は約4分です。

スポンサードリンク


生まれ育った実家の周りには、田んぼやみかん畑に、山川海といった田舎を彷彿とさせる場所が多々存在した。

ボーリング場やカラオケ、体を鍛えるジムにゲームセンターというような都市部にありがちな施設も多数存在した。

半分は田舎、半分は都会、と言ったところだっただろうか。

そんな半田舎半都会で過ごしたのも、僕が16歳を迎える年までであった。

電車に乗ること30分、降りた駅から自転車で15分程の場所にある、寮が隣接されている高等学校へと入学したからだ。

入学する前の年までは、日本で1番生徒数の多い高等学校として有名であったが、僕が入学する年には日本で2番目に生徒数が多い高等学校となっていた。

アミューズメントパーク

幸か不幸か、高等学校から自転車を10分も走らせれば着いてしまう距離に、

「10代の若者にとっては行かないわけにはいかない」

というような場所が多数存在した。

中でも、高校生の所有するお小遣いでも気軽に向かうことが出来るカラオケやボーリング、プライズコーナーやメダルコーナー、体感ゲームマシンに高校生御用達のプリクラ機器が多数用意されているゲームセンターが複合されたアミューズメントパークは、恰好の遊び場であった。

辛い部活を日々共に乗り切っていた部活仲間や、部活は違うが寮で共に過ごすことが多かった友人、気の合うことが判明したクラスメートたちと、学校が休みの日や部活が休みの日になると真っ先に向かうのが、このアミューズメントパークであった。

このアミューズメントパークを知ってしまったきっかけは、寮の新入生歓迎会にあった。

入寮することになった生徒だけが、寮母さんや寮生を管理する10人からなる教師陣と共に、このアミューズメントパークでボーリングをプレイするというのが毎年の恒例行事ということだった。

この毎年恒例の寮生歓迎会には1つだけ問題があった。それはボーリングのスコアによっては賞品がもらえるというありきたりな特典が用意されていたのだが、その賞品を手にするのが毎年決まって特定の教師であったということだ。

ボーリングスキルの高い高校生なんてそうそういないだろうし、いつ頃かは知らないが流行っていた時代に足繁く通っていたであろう世代の大人たちに太刀打ちできるなんてことは当然あり得なかった。

高校在学中の3年間で、寮の新入生歓迎会のために3度訪れたであろうこのアミューズメントパークでのボーリングの賞品が何であったのか、僕は何も記憶していない。

なんとか記憶しているのは、毎年必ず賞品をゲットしていたのは、ウェイトリフティング部の顧問であったShinomiya氏であったということだけだ。

牛鮭定食と牛丼並盛

高校生活が始まって初めての夏休み。

僕は実家に一度も帰ることなく、日々の生活を寮で過ごしていた。

部活の練習が朝の7時からだったということもあり、また部活が終わってからは部活仲間や寮の友人たちとただ遊ぶだけという夏休みであったために、わざわざ1時間近くの時間をかけて実家に帰るなんて選択肢は存在しなかったのだ。

他府県に泊まりで遠出する合宿も何度かあったので、寮で寝泊まりする日もそこまで多くはなかったが、それでも何日かは寮で寝泊まりをしなければいけない日が存在した。

このときも新たな問題が勃発した。夏休みに入ると寮母さんが寮から忽然といなくなったため、ご飯が用意されなかったのだ。そういえば、夏休みに入る前にそういうことを寮母さんから聞かされた記憶がある。

朝はいい。7時から始まる部活の前に起きて朝食を食べるなんて余裕は全くなかったし、エネルギーがない状態の体でも動かすことが出来る体作りに凝っていた当時の僕としては、朝食がないということは問題ではなかった。

しかし昼と夜のご飯に関してはそういうわけにはいかない。流石に毎日3食なしで過ごす夏休みなんて、到底あり得なかった。

そこで僕が取った行動は、昼は寮の目の前にあったスーパーで総菜のライスとから揚げを購入し、夜は寮から自転車で10分くらいの場所に存在した牛丼のチェーン店である吉野家に向かうというものだった。

この吉野家で僕が注文するようになったのが、牛鮭定食と牛丼の並盛であったのだ。

通い始めた頃は牛鮭定食のみを美味しく頂き寮へと帰っていたが、いつ頃からか牛鮭定食を食べ終わったあとに牛丼の並盛まで食べている自分がいた。

店員さんはもちろん、お客としてやって来ていたカップルや家族連れからも、

「なにあの人、牛鮭定食の後に牛丼も注文してる…」

みたいな視線が向けられていることを感じずにはいられなかった。

「野菜も食べないといけねーよ」

という感情から、席の前に用意されていたサラダやおしんこが入っていたスペースから、サラダとおしんこの両方を取り出す僕は間違いなく、

「夏休み期間中限定、吉野家への貢献度ナンバーワンのお客」

だったことだろう。

アミューズメントパークと牛鮭定食と牛丼並盛

吉野家は今でも存在しているが、アミューズメントパークは何年か前に別のお店に変わってしまった。近くにラウンドワンが出来たからだ。

それでも、僕が高校生のときに過ごしたアミューズメントパークでの思い出は、永遠に心の中から消えることはない。

もちろん吉野家で食べた牛鮭定食と牛丼並盛の記憶も。


スポンサードリンク

ヒトゴトの他のブロガー

スポンサ-ドリンク