カップヌードルでお馴染み日清のお客さまの声に生きるということを覚えた

Takenori自身がこの記事を読み終わるまでにかかった時間は約4分です。

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こんな時代にバカをやる。

それ自体に意味なんてない。

叩かれて、叱られるだけだ。

でも、オレたちはバカをやる。

それは、時代を変えるためじゃない。

時代に、テメェを変えられないためだ。

学長ビートたけし

いまだ!バカやろう!

※この理念は、すべてゴーストライターが書きました。

この変哲で革新的な理念は、カップヌードルのCMにて流れる、学長ビートたけし氏の理念だ。

カップヌードルの公式サイトには、この理念とは別に学長挨拶として次のように書かれている。

バカになる。それは自分をさらけだすことだ。

しがらみなんかとっぱらって

常識なんか忘れたフリして

アンタ自身の生き方を貫くってことなんだよ。

世間の声とかどうでもいい

たいせつなのは自分の声を聞くってことだろ?

おりこうさんじゃ時代なんて変えられねぇよ。

CRAZY MAKES THE FUTURE

諸君!

いまだ!バカやろう!

初代学長ビートたけし

※なお、この理念はすべてゴーストライターが書きました。

参考と抜粋/いまだ!バカやろう! – 日清カップヌードル|CUPNOODLE

このCMは、現代の日本社会に不平・不満を訴える若者には、それはそれは強く響いていることだろう。

ビートたけし氏のキャラクターやこれまでに築いてきた地位、そして影響力を最大限に活かしているお陰だ。企業的戦略、というヤツがハチャメチャに成功している事例と見てもいいだろう。

他にも日清はCMに超大物芸能人を起用している。

例えばチキンラーメンのCMには、とってもキュートで清楚でエクセレントで常に最盛期なあのガッキーが出演しているが、これまた企業的戦略の成功に拍車をかけているのは間違いない。生まれたてのヒヨコちゃんとガッキーのピュアさは同一だ。

しかし、目に見えることだけが真実か…?CMでは成功を果たしている日清だが、裏ではこんなことをやっていた…。

消費者からのお客さまの声

僕が日清食品グループの公式サイト、「お客さまの「声」を活かして」のページを見るに至った経緯は、「大手の企業は消費者からの声をどのように活かしているのか」という事例を探したり、自身が業務を請け負っている各企業や個人法人問わず様々なwebサイト制作のために活かすためなのだが。

まさに目から鱗。求めていたものがそこにはあった。

以下は日清食品グループの「お客様の「声」を活かして」のページに掲載されていたものの中から、個人的に「やるなガッキー…」と考えさせられたものを抜粋したものである。

カップヌードルごはんシリーズ

カップヌードルごはん

※画像は日清食品グループの公式サイト該当ページ(「カップヌードルごはん」シリーズを容器直接充填にしました。)より拝借したものです。

このたった1つの事例から考えられることや学べることは3つもある。

まず1つ目は、「カップヌードルごはんなんて販売してたのかよ…しかもシリーズってことは味も複数あったりするの?シーフードとかカレーとか?」ということだ。これはどうでもいい。

  1. 本当の1つ目は、「元々が簡単調理のつもりで開発した(ことが推測される)商品を、更に簡単にした」というところ。4ステップが3ステップにレベルアップされている。
  2. 2つ目は、「改善の前後をきちんとイメージとして掲載している」というところ。文章だけではわかりにくいから、目でも確認できるようにしている。
  3. 3つ目は、「消費者の声を受け入れ改善している」というところ。食品に限らず様々な分野で改悪する企業が多数ある中で、日清はきちんと改善している。

そしてこれらのことから更に見えてくるものがある。

僕は正直、「ここまでする?」と考えずにはいられないのだが、日清側にとってみれば「ここまでしないと生き残れないかもしれない」のかもしれない。

「調理の手順が多くて手間がかかる」という声にお応えして、従来個別にパックしていた内容物 (パフライス、具材、味付けの素) を容器に直接充填し、水を入れてチンするだけの「簡単調理」を実現しました。

って書かれているけど、4ステップの時点で世の中のカップヌードルごはん消費者たちは手間が多いと思うものなの?中身を取り出してそれを開けて容器にぶちこむだけだよ?10秒あれば出来そうな気がするんですけど?

「調理の手順が多くて手間がかかる」

それを日清は真摯に受け止め、元々全ての材料が裸のままで容器に入っている状態に改善している。

ま、こっちの方が生産コストが少しでも安くなるのであれば、

  • 消費者の声を受け入れ改善
  • コスト削減

を同時に実現できて良かった、という結論に至るんだろうけどさ。

でももしもだよ?この改善によって商品1個辺りの制作コストが諸々(開発ラインの改造や改善案企画や人件費等々)含めて1円上がったとしよう。1日に仮に1万個制作した場合は合計で1万円のコストアップになってしまう。

もしも1日10万個だったら10万円だ。年間だと3650万円。普通、企業にとって年間3650万円もの出費が増えてしまったら、中々に痛いよね。

「日清にとってみたら3650万円くらい余裕」

という観点ではなくてだよ。もちろん日清くらいにもなればペイ出来る見通しあってこその改善だとは思うけど。

年間3650万円の利益、更には売上すらないであろう企業はそれこそごまんと存在している。そんな中で、消費者の声にきちんと向き合い改善するということが、企業の存続や繁栄に繋がるんじゃないかな、と思うんだよね。

※上記コストについてはあくまでこの記事を構成するために僕が考察したifストーリーです。真実は日清食品グループのみぞ知る。

お客さまの実態

今回の日清食品グループの、たった1つの事例から考えられることはまだまだある。

今度は「お客さま」である消費者について考えてみたい。

  • 「たったの4ステップでも多い」
  • 「手順が多いから手間」
  • 「改善して」

これは正に、現代の日本社会における人々の考えやサービス全般に言えることが集約されているのではないだろうか。

世界中でも類を見ないほどの「おもてなし」の心を持つジャパニーズだが、際限はないのだろうか。

「常に今以上を目指す」という姿勢は接客やサービスだけではなく、生きていく中でも参考にしたいところだが。

「常に今以上を目指さないといけない」ということは、ときに重荷となってしまわないだろうか。

「今以上を目指さない企業は淘汰されて当然」という意識が、限りなく100%に近い確率で全ての日本人の心の中にはある、と僕は考えている。今以上にならないといけないのは、接客に商品価値に価格に、もうなんでもだ。

その背景に見え隠れするのは、「求め過ぎなお客さま」が存在するということではないだろうか。

webやIT業界だってそれに違わず、「高クオリティ低予算」が求められる。当たり前だ。価格は安ければ安いほどいい。クオリティは高ければ高いほどいい。僕が消費者の立場であってもそう考える。

その結果が日本の「現状」ではないのか?と思えてくる。そこには矛盾が生まれるかもしれないが、消費者と提供者とは裏表一体なのに、ときには100%消費者になり、またときには100%提供者となる。

人は100%以上にはなれない。例え1%でも自身の限界点を超えてしまうと、壊れてしまう。

「自分は時には消費者にもなるが、ときには提供者にもなる。だから、どちらになるときでも、常に片方になった気持ちを半分は持ったままでいよう。」

と考えられる人が増えれば、世の中はもっとうまくいくんじゃないだろうか。

生きるということ

失敗できない。

手を抜くことが微塵も許されない。

明日が怖い。

そんな固定観念を社会に植え付けられることが当然となっているこの世の中で、どうして明るく生きることが出来ようか。心からの笑顔を見せることが出来ようか。

でも本当はそうじゃないんだ。みんながみんな、きっとどこかで誰かの心からの笑顔を見たい。自分の心からの笑顔を見てほしいと願っている。

固定観念なんて捨てればいい。

「バカやろう!」

とゴーストライターは言っている。顔の見えない、正体の知れない人間だから言えることなのかもしれない。

でもそこに生き方の本質がある。

全て、なにもかもが、自分以外に降りかかっている出来事は「他人事」なのだ。

自分に降りかかる出来事全て、他人にとってみれば他人事であるし。他人に降りかかる出来事の全てが、自分にとってみれば他人事なのだ。

「求められる人間」らしく生きるのではなく、「自分らしく」生きることが、自分の人生を生きるということに繋がる。

ビートたけし氏の人間像は、「求められたもの」ではなく、「自分らしく」生きてきたが故の賜物なのは誰もが理解できるだろう。

ゴーストライターになんかならなくても、自分らしく生きていれば自分も周囲も納得させることが出来るようになる。

生きるということはそういうことなんだ。

※なお、この文章はすべてゴーストライターが書きました。


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