自分の存在が何の影響力も及ぼさないことに時間をかけるのは無駄

Takenori自身がこの記事を読み終わるまでにかかった時間は約4分です。

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承太郎「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」

DIO「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」

↑これは、実際のところ無駄ではない。

なぜなら、それまで数々の強敵を殴り倒してきた承太郎とスタープラチナのオラオララッシュが、

「DIOのザ・ワールドには通用しない!ババーン!」

「やれやれだぜ…」

となることを、1つの結果として承太郎は学べたのだから。

影響があるかないかで投資する必要性が180°変わる

投資とは、なにも現金や株といった数値として目に見えるものだけを指すものではない。

例えば、企業に新入社員が入社してきて、右も左もわからない新入社員に給与を与えながらも知識と技術を身に着けてもらえるように、時間をかける。

企業は給与以外にも、時間というものを投資しているのだ。

そして近頃の企業では、どこともが新入社員が早々と退社していく傾向にあると、先日足を運んだ勉強会にて顔を合わせた経営者の方々が言っていた。

「どれだけ先行投資をしても、3年や5年で辞めていく者が後を絶たない。」

「キャリアアップとそれなりの給与のための就職をすることが当たり前なのが、近ごろの学生の大多数。」

この状況は、学生や新入社員だけに理由があるのではなく、採用する側である企業、そして採用した後も雇い続けるはいいがそこに意味を見いだせない企業、にも理由があるんだろうとは思うが。

それはそれ、これはこれなので、時間と投資に話を戻す。

無駄かどうかを知るには経験しかない

企業だけが、給与という形でお金を投資していて、更に社員を育てるために時間までもを投資しているわけではない。

就職したはいいが、情熱を持てないながらもしなければいけないことがあるから仕方なくする側である社員だって、そのための時間を企業へ投資しているのだ。

ウィンウィンでなければ、片方がもう片方へ投資し続ける意味も価値も無いわけだし、結局のところ無駄に終わるどころかマイナスな結果となってしまうことさえ往々にしてあることだろう。

僕が社会に出て10余年。

実際に企業に在籍して働いた期間に学んだことと、現在の仕事(なんちゃってコンサル)を始めてから多数の中小企業と関係を持たせて頂き学んだことで、やはりと言うべき、そしてわかりきっていたことでもある決定的なこととは、

「無駄なことに時間をかけるのはとんでもない間違い」

「その間違いを犯すということは、かけがえのない時間を失うことであり、かつ取り戻すことが出来ないもの」

だということだ。

より掘り下げて言うならば、

「自分が何かを行ったことで何の影響もないことに時間をかけるのは無駄」

ということ。

何かを行うとは、

  • 例えば金額はどうであれお金というこの世の絶対的な存在で以て投資を行うこと
  • 例えば経過した月日や年月はどうであれ時間という概念で手助けをし投資を行うこと

この2つがシンプルでわかりやすい。

極端に言えば、お金か時間かが、誰もにとって不変不動の価値だからだ。

その両方共を無駄にするなんて行為は、例えどんな状況であってもするべきではないし、しないで済む考えや行動を取ることが出来る人間へと成長する必要がある。

そしてそのための方法は、やはり経験しかない、経験しかなかった、と、最近になってようやく深く認識し始めつつある。

経験とは代償と結果の賜物

僕にとっての経験とは、これまで生きてきた中で代償となり、また結果となった物事の全てである。

色んなことを振り返ってみて、結果的に無駄以外の何物でもないと思えることもあれば、無駄だった中にも何か得たものがあったのではないかと思えることもある。

その境界に引く線の太さは人それぞれだとは思うが、線の太さをより太く引くことが出来るのであれば、きっと自身に何らかの形で(例え小さくとも)学びを運んでくれるものであるし。

その逆であるならば、何も学べないままで無駄に時間が過ぎることになるのだろう。

そして経験には2つのことが大きく関係している、ということも学んだ。

それは、

「自分自身の言動によってもたらされたもの」

「自分以外の誰かからもたらされたもの」

のどちらかに、完全に二分されるということだ。

同じ結果という位置づけでも、この違いはとてつもなく大きく、学びの大きさにも影響を及ぼす。

結果をどう見るか、という線引きよりも。学んだことが自分自身の手によるものなのか、それとも自分以外の誰かによってもたらされたものなのか、その判断のための線引きはとても難しい。

もっと難しいのは、自分自身で経験を積む機会を用意する、ということだ。

言い換えれば、自分で自分の目の前にチャンスを呼び込む必要がある。どんなことであれ、経験を積むという機会という名のチャンスを。

これは狙って作ることが出来るものではないし、そうやすやすと目の前に置かれた状況が、「今がまさにその時!」と思える現実にだって中々巡り合うことは出来ない。

僕はよく、お世話になっている企業から何らかの声をかけて頂いて、何らかの機会に巡り合うチャンスも頂いてはいるが。

これはつまるところ自身で掴み取ったものではなく、自分以外の誰かによって与えられたものなのだ。

そしてやはり後になって考えてみると、こんなに屈辱的なことはない、という結果に行き付くのが自分の性格であり、また考え方なのだ、ということの積み重ねが、もうそろそろ限界に達しようとしていることに気付いてしまった。

もうこの辺りで、進むべき道を自分で切り開かなければ、全ての経験が無駄に終わってしまう予感がする。

今がいいタイミングだ。

 


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