食事と生き方

Takenori自身がこの記事を読み終わるまでにかかった時間は約1分30秒です。

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最近読んだとある本から、食事と生き方に関する本質を学ばせてもらった。

その本には、

食事をおろそかにする者

すべからく生き方にも影響してくる

と書かれていたが、正にその通りだと思った。

食事とは

食事というのは、「食物を食べること」に留まらず、それに付随する全ての環境が関係してくる。

例えば外食時。

食べ終わったかに見えるその場を見てみると、お椀には米粒が所々に残されたまま。

一定額で食べ放題の形式のお店では、お金を支払った以上はその分以上を食べなければ損だと言わんばかりに大量の注文をして、挙句食べきることが出来なかった分は残飯行き。

自分がいる場所がどこなのかがまるでわかっていないために、はしゃぎまわる子供と、その子供に注意をしない親。こうした親の状況把握能力は、外食を離れた色んな場面においても露呈しているように思う。

そういった様々な食事風景を見せてくれる人たちを見ていると、その人たちのこれまでの人生や、そしてこれから歩もうとしている生き方すら、垣間見えてきてしまう。

生き方

要らぬお節介であると同時に、こちらが関与することではないのだから、余計な詮索も口出しもしない方がいい。

それでも、

「なぜ、そうなるのか」

という疑問を感じずにはいられない。

先の食事に関して言えば。

なぜ、平気で米粒を残せるのか。

なぜ、食べきれるかどうかの判断すらも出来ないのか。

なぜ、はしゃいでもいい場所なのかが判断できないような親が親になるのか。

そういった一つ一つのことを紐解くと、自ずと見えてくるのが、その人の人間性というものだろう。

一つ一つのことは小さいことなのかもしれない。

だが、小さいことの大切さがわからない人間は、小さなことで躓き続け、小さなことすら達成させることが出来ず、ということは大成することもない。

そして待っているのは、そういった人間性にふさわしい結末。

たった30年しか生きてはいないが、その30年の中で見てきた、たくさんの人たちの人生が、確かな教訓として示してくれた。

生き方は人それぞれ。

他人に迷惑と危害を加えないということが大前提とすれば、何が善いでもないし、何が悪いでもない。

だからこそ、決して同じような状況になりたくはないと思える人たちと、同じような振る舞いはしないでおこう。

特に食事に関しては、これまで守ってきたことを、これからもずっと守り続ける。


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