「少年Hは面白い」とシゲさんは言った

Takenori自身がこの記事を読み終わるまでにかかった時間は約4分です。

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2013年に映画化された少年H。

Hの由来は、少年の名前が「肇(はじめ)」であったので、HAJIMEの頭文字であるHから取られたものである。

Hの母親の敏子がまだ子供だった頃の肇少年のセーターに、「H.SENO」という刺繍を施し、それを来ていた肇少年を見た人たちから「少年H」と呼ばれるようになったのだ。

ちなみに、Hの本名は妹尾肇(せのおはじめ)である。

少年Hは面白い

少年Hは面白い。

僕の少年Hに対する感想は、この一言に尽きる。

但し、映画ではなく小説の方の少年Hだ。

少年H 上・下巻

小説「少年H」は、1997年に発刊された、「妹尾河童」自身の子供時代の出来事を描いたロマン小説だ。

妹尾河童とは言うまでもなく妹尾肇その人であり、1930年に兵庫県の神戸市に生を成した。戦前・戦時・戦後を生き抜いた肇少年の実体験が、とてもユーモラス且つリズミカルな文章で描かれている。

小説とは読み手を選ぶもの、だと僕は捉えているが、この少年Hに関しては誰が読んでも面白いと感じるのではないかと、そんな感情すら抱かせてしまうほどだ。

映画は見ていない。

ドラマ・映画の相棒シリーズで有名な水谷豊がHの父親役である盛夫として、うどん屋の兄ちゃん役は小栗旬、久門教官は佐々木蔵之介、柴田さんは岸部一徳という、他にも豪華な出演者による映画、少年H。

そんな映画、少年Hを見ていない理由はたった1つ。

小説、少年Hの世界観がほんの少しでも損なわれたものを目にしたくないから、だ。

シゲさん絶賛の1冊

2017年の目標は、月に1冊は本を読む、これだ。

1月はビジネス書である「ザッポス伝説」を読んだが、2月はビジネス書ではない「少年H」を読むことに決めた。ビジネス書を読んでいる自分が可笑しいことに気付いたからだ。

僕はかつてこの少年Hを2回だけ読破したことがある。上下巻にわかれているため、上巻を2回、下巻を2回、それぞれ読んだことになる。

初めてこの本を手にしたのは、僕がまだ21歳の時だった。

とある場所で出会った、周りの人からはシゲさんと呼ばれていた50代の男性の一言がきっかけだ。

シゲさんは人に誇ることの出来る道を歩んできた人ではなかった。人の道を踏み外してしまった人であった。

まだ21歳だった僕にとっても、こんな50代になるような人生は歩みたくないと考えてしまうような人であった。

そんなシゲさんも、

「俺のようになったらあかんよ。俺のようにはなったらあかん。人の道を生きるのが一番いい。俺を見たらわかると思うけど、世間様に顔向けできない人生なんて何の意味もなかった。」

と、顔を合わせる度にいつも僕に説教するでもなく言い聞かせるでもなく、か弱くしゃがれた独特の声で伝えてきた。

そんなシゲさんを僕が好きになるのに、時間はかからなかった。

自分と同じように人の道を踏み外そうとしている若者に、人の道を既に踏み外してしまった自分が出来る唯一の、いいこと、だと。

そんな風に自分が思えるように、若者にも思ってもらいたいかのように、優しく強く接してくれた。

シゲさんからは、不思議と厳しさは微塵も感じられなかった。

「こんな自分が、例え20歳そこらの若者に対してでも偉そうには出来ない」

という感情でもあったのだろうか。

シゲさんは、人が社会の中で生きていくにあたって色んなことがあると、僕に教えてくれた。

自分が歩んできた人には言えないような話も、少しも隠さずに話してくれた。

「面白かった」と形容してしまう僕は精神構造が歪んでいるのかもしれないが、それでもシゲさんが話してくれた人の道を踏み外すに至った経緯や、それからも懲りずに踏み外し続けた経緯、そして出会った当時も踏み外し続けている途中である生活の話などは、やはり面白かった。

それはもうとんでもなく面白かった。

どんなフィクション小説を読むよりも、シゲさんが織りなすもはや普通の人間ではない人生を歩んできたリアルバカ体験談は、とてつもなく面白かった。

そこまで面白かった理由はきっと、そこには1つも嘘がなかったからだろう。

嘘が無かったという証拠は一切ないが、それでもシゲさんの口から紡ぎ出されるストーリーの1つ1つを歩んできたんだろうな、と信じさせられる人間性をシゲさんは纏っていたのだ。

シゲさんは自分の話だけではなく、僕が生まれる前の時代の話も色々と話してくれた。

ボクシングではマイク・タイソンやモハメド・アリがどれだけ強かったかという話。

バブルと言われる時代を、バブル世代と呼ばれる人たちがどのような生活をしていたのかという話。

日本の色んな都道府県を渡り歩いて来たが、千葉県が一番住みやすく、富山県が一番住みにくかった話。

僕の地元である地域に住んでいたこともあるが、そこには自分と同じことをしている人が少なくとも2000人は存在していたという話。

自分が今お世話になっている国のお偉い人が、自分なんて比べ物にならない程の汚いことをしているいう話。

シゲさんの話を聞いていると、途中までは人としての道を順調に歩んでいたにも関わらず、ほんの些細な事がきっかけで、人の道を踏み外してしまったんだろうな、と想像が出来る。

そんな話と、話し方と、人間性であった。

そんなシゲさんがこの本は面白い、と僕に教えてくれたのが「少年H」だった。

「シゲさんの人生よりも面白い?」

と僕が聞くと、

「俺の人生の何倍も面白いよ」

との返事が返ってきたので、当時住んでいたアパートの近所にあった中古本屋ですぐさま買ってきて読んだのを覚えている。

少年H上巻

少年H下巻

1冊105円で購入した少年H。僕がこれを初めて手にした当時、消費税はまだ5%だった。

8%になった今、シゲさんはきっと暮らしにくい世の中になったと、そう実感しているに違いない。

もしかしたらもう、この世にはいないかもしれない。

携帯電話全盛期の時代に、携帯電話を持つことが出来ていなかったシゲさんと別れた後に、シゲさんから連絡が来たのは手紙がたった1通だった。

6枚の便箋に、縦書きなのに左側から始まるその書き方に少し違和感を覚えるような、その人の生まれや育ちを感じさせる手紙だった。

21歳の時の僕は、送られてきた手紙に返事をしなかった。

それが原因で、シゲさんは今どこにいるのか、元気なのかといったことすらも、わからなくなってしまった。

いつか和歌山へ来るときが来たら、そのときは和歌山ラーメンを一緒に食べようと約束したあの日。

今更になってあの約束を果たしたいという感情が湧いている自分がいる。

シゲさんからの手紙

 


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