真昼間からジョッキでビールを煽っていると向けられる目線

Takenori自身がこの記事を読み終わるまでにかかった時間は約4分です。

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9月の終わりに、大阪の新世界である人と真昼間からビールを飲み交わした。

普段、ほとんどと言っていいほどアルコールを口にしない僕だけど、そのときはジョッキで3杯も飲み干し、向かい合っていた人との話に花を咲かせた。しかもその人とは、なんと初対面。

15時くらいから18時くらいまでの約3時間。店の外に設置されたテーブルで飲んでいると、道行く人からの熱い目線を感じずにはいられなかった。

平日だったことと時間が時間ということもあり、向けられる視線が何を意味するのかを推測すると、

「あの人たち若いのに真昼間からビールなんて飲んじゃってあらまぁまぁ」

「いい年して仕事もしてないのかしら、やだわぁ」

「ビールを語るにはまずはビールの歴史から語らなければならない。そもそもビールは偶然出来上がったものであって○×△…」

とか、まぁそんな感じだろう。

でもそんなの気にしない。新世界の串カツとから揚げが美味しくて、目の前にいる人との話も楽しくて。店の店員の態度は「調教してやろうか、あぁぁぁん!?」と思わずにはいられなかったけど。

青空の元で久しぶりに飲むビールと聞かせてくれる話とが、僕の喉と心を潤してくれた。

異国の地では

一緒にビールを飲み交わしていた人の紹介を簡単に。

その人は日本人で日本生まれ日本育ちなんだけど、普段の住まいは遠い異国の地、中東はバングラデシュ。

バングラデシュの首都ダッカで、アニメ制作会社を立ち上げ現地人を雇いアニメを制作している。

ダッカと言えば今年の7月にテロがあり、滞在していた日本人が7名人質とされた事件が思い起こされるわけだが。まさに目と鼻の先での出来事だったと聞かせてくれた。

親日国で知られていたバングラデシュで起こった出来事は、日本人だけではなくバングラ人をも驚愕させたらしい。

これまでは何か事件が起こりそこに日本人がいたとしても、「アイムジャパニーズ」と言えば助かることがほとんどだったらしいが、今回のテロでは「アイムジャパニーズ」が犯人に犯行を起こさせるきっかけになったと、一部では囁かれているとのこと。

日本に向けた挑発だとか、アメリカと同盟国にある日本への挑戦だとか、そういう類の話だと捉える専門家もいる。

テロがあってからというもの、バングラデシュにおける日本人の立場だとか、身の危険だとか、そういう面で一気に緊張が走るようになったとその人は教えてくれた。

それまでは平気で歩けていた街中には、日が明るいうちは一歩も出られなくなり、夜にこっそりと食料を買いに行かないといけない。

特に会社を経営している異国人、つまりはその人のことだが。そういう人は余計に目立つ。「あそこの建物に住んでいる人は日本人だ。」という情報だってその日のうちに街中に知れ渡る。

実際その人も、テロがあってから9月に帰国するまでの間、ほとんど外出することもなく家の中で引き籠るしかない生活を余儀なくされたと言っていた。

それでも離れない理由

10月に入ってすぐ、その人はまたバングラデシュへと旅立って行った。

その人がバングラデシュを愛する理由を書く前に、「バングラデシュにおける日本人とは」、ということについて少し説明しておく。

バングラデシュだけではなく世界中のほとんどの国にとって、「日本人と言えばお金持ち」というイメージが先行されるだろう。そこから見えてくるものを簡単に書けば、「日本人ならお金を落とす、もしくはもらえる、かもしれない」という期待を抱かせることになるのだが。

そしてそういう期待は、貧民国において特に顕著に表れる。バングラデシュもそれに漏れず、中東アジアにおける貧民国のワーストに数えられるようになってから、もう随分経つ。

バングラデシュの人々が親日だと言える背景には、そういう期待があることも理由の1つと数えるのは間違いではないだろう。

だがしかし、今回僕と真昼間からビールを飲み交わした人はそうではない。

「そうではない」というのが何を意味するのか。極端に言うと「バングラデシュでお金を使わない」のだ。

「使わない」と書くとその人がケチだと思われてしまうかもしれないから訂正しよう。「使えない」のだ。お金を持っていないのだから、使えないのは当然のこと。

歩けなくなるほど、耳が聞こえなくなるかもしれないほどの栄養失調に陥らなければならないほど、お金がないのだ。

現地マネーだけではやっていけない

アニメ制作会社を立ち上げて、現地の人々を雇って、そこでアニメを制作したところで、とても放映出来るものではない。ともすれば収入だって入って来ない。

ではなぜ、異国の地で起業までし、栄養失調になりながらもバングラデシュを離れないのか。

「バングラデシュが好きだから」と、その人は話してくれた。根本的な話だ。

アニメ制作会社だけでは自分はもちろん雇っているバングラ人の賃金も払えない。だから日本からの仕事を請け負う。そうして得たジャパニーズマネーを、バングラデシュで利用できるお金に変えて賃金とする。

そこに見え隠れするのは、「バングラデシュが好きだから」の一言では説明できない、1人の人間としての心の温かさが伝わってくる。

バングラデシュは貧民国だというのは先にも書いたが、その理由の1つに仕事が存在しないことが挙げられる。日本のように、選ばなければ仕事にはあり付ける、というレベルではない。時給換算100円ほどの仕事すら存在しないのだ。

もちろん地域や働く側の知識や技術による格差はあるだろうが、「貧民国のバングラ人が満足できる収入を得ることが出来る仕事」というのはごく一部の人のみにしか手の届かない職だ。

日本における最低時給の仕事には、日本人は難色を示すのは容易に想像できるが、バングラ人なら喜んで受け入れてくれるだろう。

しかし、女性に限る。男性は働くということが余り好きではないらしい。実際にこの目で見たわけではなく、その人から聞いた話なので偏見もあるかもしれないのはここに断っておく。

ストリートチルドレンの未来と日本の未来

親を失った子供、というのはどこの国にも存在する。

存在するが、その受け入れ先や生活をしていくのに必要な環境、というものがどこの国でも存在するかと言えば、そうではない。

所謂路上生活を余儀なくされる子供たちがたくさん存在するのが、バングラデシュだ。ストリートチルドレンと称される少年少女、更に言えば幼児たちが何千何万人といる。

そんな子供たちに手を差し伸べているのが、NPO法人だ。

僕もその人を介してNPO法人に協力させてもらったが、おかげでバングラデシュにおけるストリートチルドレン達の現状を知ることが出来、またそれと同時に自分がどれだけ恵まれた環境で生きてきたのかを実感することが出来た。

「自分は幸せ者」、ということを実感できる。その裏で、自分の目線で考えたときに、決して幸せとは言えない人々が存在する。

日本人は、と書いてしまうと語弊があるか。恵まれた人々は、このことから目を背けているのではないだろうか。仕事を選ばず、贅沢な暮らしさえしなければ、日本に住む全ての人々が幸せになれると、僕は考える。

たった1つの飴玉をもらって、心から嬉しそうな顔を見せる子供たち。バングラデシュのストリートチルドレンには、1人1個ではなく複数人に1個があたり前で、でもそれだけで喜んでくれる。

日本では中々見られない光景ではないだろうか。子供たちに問題があるのではない。親やそれを形成する大人たちに問題があるのだ。日本は長らく、欲を満たす生活というものに慣れ過ぎた。真昼間からビールをジョッキで煽るくらいなのだから。

自ら欲に走る日本人と、欲そのものを求めることすら許されないストリートチルドレン。

ストリートチルドレンの未来と日本の未来は、いったいどちらの方が明るいのだろうか。それは国の問題ではなく、その国に生きる人の心にかかっている。

来年は新世界でビールを飲むのではなく、バングラデシュでお茶でも飲みながら、ストリートチルドレンと走り回ろう。「もういらない」と言われる覚悟で、飴玉もいっぱい買って。


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