人生二十五年

Takenori自身がこの記事を読み終わるまでにかかった時間は約3分です。

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流れ星が見えている間に願い事を3回唱えれば、その願いは叶うというのが通説だ。でも、流れ星が見えている間に願い事を3回唱えることが出来た人は、きっと世の中にはいないだろう。

この世に生まれて丁度30年が経った今、改めて考えてみる。

30年という月日は長かったが、あっという間であった。長かったが、振り返れば流れ星のように一瞬にして現れては消えていく、そんな時の流れを感じずにはいられない時であった。

いいこともあった。

悪いこともあった。

悪いことに比べて、いいことの割合の方が多かっただろうか。

当時はどんなに嫌だと思い感じたことでも、今になってはいい経験だと思えるということは、つまりはそういうことだと解釈してみたくなるってもんだ。

10代にも満たない頃に経験した子供としての記憶。

10代で経験した、子供と大人との挟間での記憶。

20代で経験した、大人になりきれない子供が過ごした記憶。

200歳は無理だとしても、100歳まで生きることが出来たならば、あと70年分の経験を重ね、心と体に記憶を宿していくことになる。

昔の人も、こんな感情の元で生きていたのだろうか。

人生二十五年

昭和二十年当時の日本では、「人生二十五年」という戦時標語が存在したそうだ。

昭和二十年と言えば、今から72年前の1945年。日本が第二次世界大戦の敗戦を受け入れた年だ。

戦争真っ只中であった、昭和二十年以前の数年間。

当時の日本では、食べ物がないから幼児が死に、戦地に向かった先では男性の若者が死に、空襲を受けた地では若者の帰りを待っていた女性や老人が死に。

そうした背景の元で死んでいく人たちが数多く存在した当時の平均寿命は、国が残している簡易生命表によると、

  • 男性が23.7歳
  • 女性が37.5歳

だったそうだ。

戦時を生き残った人たちが書き記した本には、

「日本人の寿命は平均でも二十五歳なのだから、戦争下において二十歳やそこらで死んでもそれは当然のこと、だというのが人生二十五年という戦時標語に表れていた」

と残されている。

江戸時代の寿命

昭和二十年(西暦1945年)から遡ること77年。

江戸時代が終わりを迎えた1868年当時の平均寿命は、ある医大の教授の調査によれば、

  • 藩主が48.3歳
  • 公家が50.8歳
  • 家臣が64.7歳
  • 僧侶が68.6歳
  • 足軽が70年以上

で、身分が上の者の方が寿命が短かったのは、気苦労が多かったからではないか、と説かれている。

確かに、藩主ともなればそれは相当の気苦労が伴ったことであろう。

それでも、1868年から77年を過ぎた年の1945年当時の平均寿命は、男性が23.7歳という江戸時代の藩主48.3歳の半分にも満たない寿命しかなかったのだ。

時代が進むにつれて寿命が延びる。

それが西暦以後の時代を生きてきた、人間の人生に対する常識だと考えるのが当たり前の世の中なのに。

そういった時代の常識さえ、戦争は作り替えてしまう。

戦時標語

昭和十二年から昭和二十年にかけての戦時標語が記載された本が手元にあるので、年代を追って掲載したいと思う。

  • 国民精神総動員(昭和十二年)
  • パーマネントはやめましょう
  • 一汁一菜
  • ぜいたくは敵だ(昭和十五年)
  • 八紘一宇
  • 一億一心
  • 南進日本
  • 月月火水木金金(昭和十六年)
  • ほしがりません勝つまでは(昭和十七年)
  • 屠れ米英我等の敵だ
  • 子は国の宝
  • 産めよ殖やせよ
  • 頑張れ 敵も必死だ(昭和十八年)
  • 撃ちてし止まぬ
  • 進め一億火の玉だ(昭和十九年)
  • 明日の百機より今日の一機だ
  • 人生二十五年(昭和二十年)

人類二千年の歴史

20世紀初頭に人類の寿命は60歳になったという。

西暦以前の古代ギリシャでは、平均寿命は19歳。

16世紀のヨーロッパで21歳。

18世紀のフランスで30歳。

2000年という時の中で、人の寿命は3倍以上も伸びてきた。

もし古代ギリシャに僕が生まれていたならば、11年も前に死んでいる。16世紀ヨーロッパでは9年前に、18世紀のフランスだと、今年死ぬことになる。

今と言う時代に生まれたことによって、平均寿命が60歳以上である世の中において、半分となる30歳を迎えることが出来たわけだ。

食料も文字通り腐るほど存在し、病気を治すためと言うよりも資金を得るために開発される薬も数えきれないほど存在するのが、この日本だ。

戦時中に亡くなっていった人たちが、現在の日本を見たらなんと言うだろうか。

「人生二十五年」という馬鹿げた標語を、戦争を始めた大人たちから押し付けられた、矛先である子供たちの何割かが生き残ることが出来、その子供たちが寿命を全うすることで日本からいなくなろうとしている今。

もしかしたら、この国は昭和二十年よりも酷い時代に突入しようとしているのではないかと、そんなことをふと思い描いてしまった。


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