死者110名を記録した1979年(昭和54年)台風20号

Takenori自身がこの記事を読み終わるまでにかかった時間は約2分です。

スポンサードリンク


今日の日付は10月19日。

今から約40年前の今日、日本の海上で観測史上最低となる気圧を記録した台風20号が発生、和歌山の白浜に上陸した後に日本列島を縦断、全国的にも稀にみる被害者数を出した。

115名という甚大な被害

この台風で発生した被害者数は以下の通り。

人的被害

  • 死者110名
  • 行方不明者5名
  • 負傷者543名

行方不明を含むと、亡くなった方は115名という余りにも恐ろしい人数。

115名と言うと、僕が通っていた小学校と中学校の同級生全員を合わせてもまだ30人強は足りない程の数になる。

単純に数字で表すとなると、同級生全員を一度の台風で失うことになる。考えたくもない。

2016年の台風10号と比較

今年2016年に岩手で甚大な被害をもたらした台風10号。

その被害における復旧にかかる費用は、今のところ約700億円と言われている。

そんな台風10号で亡くなった方は行方不明者を合わせて27名で、1979年の台風20号で亡くなられた方115名の約四分の一。

時代が進むにつれた早期情報の取得や安全確保のおかげもあるのだろうけれど、それでも27名が一度の台風で亡くなったと考えると、実際問題恐ろしくなる。

わかりやすい例で学校関連のネタしか思い浮かばないけど、一クラス全員が一度に亡くなることと変わりない。

約40年の歴史の中で

1979年の台風20号では同級生全員。そして2016年の台風10号では一クラス全員。

約40年の歴史の中で、被害が約四分の一にまで減少したのは、台風の規模による問題ではなく、築き上げてきた人間の知恵や技術のおかげだと思いたい。

最大の被害は北海道

1979年(昭和54年)台風20号による最大の人的被害は、日本最北端である北海道における、行方不明者を含む死者67名という数字。

漁船の遭難が相次いだという情報が残されているけど、乗船していた乗組員で亡くなった人たちは恐怖と絶望の中、波に飲まれて亡くなっていったのだろう。

運よく生き残った人だって、その後海に出ることにためらいを覚えずにはいられなかったハズ。

海の上という恐怖

台風が接近しているときに漁に出る?

そんなの絶対に嫌だ。何度か漁船に乗ったことはあるけれど、360度見渡しても陸が見えない海の真ん中で、少し荒れた波の上にいるだけでも相当の恐怖だった。

それでも生活がかかっている漁師の人たちは、そういうわけにもいかない状況だってあるだろう。

常に危険と隣り合わせの仕事は数あれど、こと海の上で命を投げ出す覚悟で挑んでいる漁師の人たちは、心から尊敬に値する。

今回の記事を書くにあたった経緯

なぜ、この記事を書いたか。

その理由は今日食べたマグロのパックを見たことに遡る。

和歌山産のマグロは美味しいな→日本のマグロはどこ産のが美味しいのだろう→日本海で捕れるマグロなら一匹丸々買える→岩手のマグロ美味しそう→岩手の復興の現状について→台風ってヤバい…。

食べ物は大切に

もちろん、命を懸けて漁に出ている漁師が捕ってきてくれたマグロだけではなく、どんな食べ物にだって言えること。

食べ物が豊富にある日本だけど、それが当たり前だとは思わずに、全ての食べ物に対して感謝をしながら、食べることが出来る、ということを噛み締めて生きていこう。

改めてそう思った、10月19日。


スポンサードリンク

ヒトゴトの他のブロガー

スポンサ-ドリンク