はぐれメタルに対して強く抱いた感情「逃げるな」

Takenori自身がこの記事を読み終わるまでにかかった時間は約2分です。

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「人生は冒険だ」

TAKENORIのブログ賽は投げられていたの中の人であるブロガー兼ニート、TAKENORIのコトバである。

「ありがとう堀井雄二」

TAKENORIが感謝を覚えたのは、堀井雄二氏がきっかけなんだとか。

堀井雄二とは、あの大人気冒険テレビゲームである「ドラゴンクエスト」の生みの親であり、「北海道連鎖殺人オホーツクに消ゆ」や「ポートピア連続殺人事件」といった、任天堂が生み出したファミリーコンピュータ(通称ファミコン)における数々の名作ソフトを生み出した、巨匠である。

「ゆうべはおたのしみでしたね」

「うふふ、ぱふぱふする?」

といった自身が経験したであろうリアルなセリフをゲーム内に取り入れることが得意な堀井氏は、「経済産業大臣賞」なる意味不明な賞まで受賞したことのある、日本テレビゲーム界において、なくてはならない存在なのだ。

僕という勇者がこの世に生を受けるずっと前から、堀井氏はドラクエを世に送り出し始め、あまつさえ数々の勇者を人工的に生み出すことに成功し、更には世界を何度も救わせている。

日本のテレビゲーム業界には、その存在が現れ始めた時期から飛躍的にゲーム技術や一般層への普及が高まったことから、「堀井前後」と呼ばれる期間が存在しているとかいないとか…。

その温和な顔の裏に見え隠れするゴールドの匂いに、TAKENORIはニヤニヤせずにはいられない。

ドラクエ初プレイはリメイク版3

僕がドラクエを初めてプレイしたのは、小学校4年生のときだ。

少し年の離れた姉をもっていた友人は、その姉の影響で「ドラクエ」や「エフエフ(ファイナルファンタジー)」を好んでプレイしていたが、僕は専ら「ロックマン」や「ゴエモン」といったアクションゲームを好んでプレイしていた。

友人の家で、友人の姉がプレイしているドラクエを見ながら、「何が面白いんだこんなもの」と思っていたのだが、漫画を読むのが好きだった僕は、友人の家にある「ドラクエ4コマ劇場」なる本を読むことでテレビゲームの方のドラクエに興味を持ち、ついには購入を親に頼むに至ってしまった。

思えば、漫画版であるドラクエの「ダイの大冒険」が大好きで幼少の頃からコツコツと集めていた僕にとってみれば、いつしかゲームのドラクエと出会うことは、勇者が冒険に出発するのと同じ確率くらいのイベントとして、人生の中で待ち受けていたのかもしれない。

友人と傘でアバンストラッシュを放ち合ってはキャッキャキャッキャしていたあの日々も、もう今では10年以上も前のことなのだ。ぱふぱふの何がいいのかわからなかったあの頃。ドラクエをただ単純に、純粋な気持ちでプレイしていたあの頃。

もう二度と味わえない、あの忘れ得ぬ日々よ。友人は元気にしているのだろうか。友人の姉にしてもらったぱふぱふを、もう一度だけでいいから、あの頃の気持ちで味わいたい。

そんな僕がドラクエシリーズ初プレイとなったのは、スーパーファミコンでリメイクとして発売された、「ドラクエ3」であった。

その後、同じくスーファミの「ドラクエ6」や「ドラクエ1&2」を小学生時代にプレイしたが、仲間と共に草原や山川、そして海を渡り数々のイベントをこなしていく「ドラクエ3」が、一番楽しかったドラクエとして記憶に残っている。

僕が初めて冒険に旅立ったとき、勇者の名前はもちろん「タケノリ」であったし、冒険を共にした仲間である戦士の名前は友人であった「カズユキ」、武闘家は友人の姉である「カヨコ」、そして僧侶は「フローラ」だった。

言っておくがフローラなんてどこか外国の王女かお姫様のような上品な名前の友人は僕にはいなかった。ダイの大冒険に出てくるキャラクターで、当時一番印象が強かったキャラクターの名前を付けただけだ。

学校がある日も休みの日も、雨の日も風の日も、友人の家にドラクエ3を持って行くか自分の家に呼ぶかしては、毎日をモンスター退治やオーブ探しに時間を費やした。

友人の姉もドラクエ3はまだ未プレイだったため、一緒になって3人で「どのモンスターから倒した方がいいか」なる話し合いをよく行ったものである。さらには友人の姉の友人さえもを巻き込んで、タケノリとカズユキとカヨコとフローラに橋を渡らせ、その度に何回も死なせてしまったのもいい思い出だ。

逃げるなはぐれメタル

「お前らにくれてやる経験値はねぇ。」と言わんばかりの勢いで逃げるはぐれメタル。

ドラクエ3に限って言えば、確か結構後半になってから出現し始めたと記憶しているのだが、それくらいにもなると勇者御一行は数々の強敵を打倒してきていたので、それはそれは立派な存在としてゲーム内を闊歩していたはずなのだが。

はぐれメタルだけは、そうそう簡単に倒せなかったのを覚えている。すぐ逃げるからなあいつらは。

外見は可愛いが中々に男勝りだった友人の姉は、

「逃げるんだったら出てくんな。」

「だから逃げるなっつってるやろ。」

等と厳しい意見を繰り出し、心優しい僕には正に鬼とも悪魔とも思える存在だと思えるときがあったが、そこはやはり時折してくれるぱふぱふの魅力に抗うことは出来ず、一緒になってはぐれメタルを罵倒していた。

友人の姉に「はぐれメタル倒したらぱふぱふしてー」と言い放つ小学4年生が、今の世の中にいるだろうか。なんならしてもらうだけではなく、悪の根源である大魔王を倒し、世界に平和をもたらそうとしている勇者御一行を操作しているその手で、友人の姉のぱふぱふの元をコントロールし始める始末。我ながら、手に負えない小学生だったんだなと今になって反省している。

世のドラクエユーザーにとってみれば、はぐれメタルに対して「逃げるな」とその感情を強く抱く理由は、ゲーム内における勇者たちへの経験値のためであろうが。

僕にとってはタケノリたちが成長しようがしまいがどうでもよく、現実世界での経験値を得るための「逃げるな」であったのだ。

中々得ることが出来ない経験を体験するということは、ゲームの世界でも現実世界でも、感動と興奮を覚える貴重な出来事なんだなと、ドラクエとはぐれメタルは教えてくれた。

「ありがとう堀井雄二」


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